研修に足を運ばなくても、民法・債権法改正の要点を身につけたいという声があります。これに応えて、実務を変える可能性が高い20の変更点を選んで、1回1000字程度にまとめてみたいと思います。
初回は、錯誤(95条)を取り上げます。特に断らない限り改正民法の条文を用います。
1 錯誤取消
まず錯誤の効果が無効から取消しへと変更になりました。これにより、表意者のみが錯誤の効果を主張できることや、追認できる時から5年、行為の時から20年という取消権の行使期間の制限(126条)が及ぶこと明確になりました。
2 動機の錯誤・「法律行為の基礎とした事情の錯誤」
(1) 定義
まず、改正法は、いわゆる動機の錯誤につき「表意者が法律行為の基礎とした事情についてその認識が真実に反する錯誤」と規定します(95条1項2号)。
(2) 取消対象となるための要件
次に、この錯誤が取消しの対象となるのは、「その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限」られます(95条2項)。
(3) 取消が認められるための要件
最後に、その錯誤が「法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる」と規定します(民法95条1項本文)。この点は、主観的因果性と客観的重要性から錯誤の効果を発生させるかどうかを判断するという、従前の「法律行為の要素」の判断枠組みを維持しています。
(4) 残された解釈上の論点と法案提出後の2つの最高裁判決
(2)に関し、従前の判例法理は、動機の錯誤の要件として「動機が明示あるいは黙示に表示されて法律行為の内容になっていた」「動機が表示されていた」又は「動機が契約内容となっていた」等の表記をしていました。改正法の表記が①表示があれば足りるのか、②契約の内容となっていることが必要なのか、③双方が必要なのかの従前からの解釈上の争いは、これまでどおり解釈に委ねられていると理解されています(潮見佳男「民法(債権関係)改正法案の概要」8~9頁、「民法(債権関係)改正法の概要」9~10頁)。
改正法案は平成27年3月31日に国会に提出されましたが、その後、最高裁平成28年1月12日判決は「動機は、たとえそれが表示されても、当事者の意思解釈上、それが法律行為の内容とされたものと認められない限り、表意者の意思表示に要素の錯誤はない」と述べました。最高裁平成28年12月19日判決もこの立場を踏襲しました。
これらの最高裁判決は②ないし③の立場を採用したようにも見えます。ただし、これらの判決における表意者はいずれも信用保証協会であり、自己の意向を契約書に盛り込むことが可能な組織であるのにそれをしなかった点に特色があります。②ないし③の立場に対しては、錯誤が認められる範囲が従前よりも狭くなり過ぎ、契約における交渉力が十分でない消費者等が表意者である場合にその保護に欠けるのではないかという批判があります。改正後の運用の動向を見守っていく必要があります。
3 第三者保護要件を規定(95条4項)
改正法は、錯誤取消の場面における善意無過失の第三者を保護することにしました(95条4項)。心裡留保の場合は善意の第三者(93条3項)、詐欺取消に関しては善意無過失の第三者(96条3項)を保護することとの均衡からこの規定が設けられました。もっとも、動産取引の場合には従前どおり192条による保護が及ぶ点は要注意です。