今回のポイントは、次の3点です。
・債権が譲渡された場合、債務者は、原則としていつまでに債権者に対する反対債権を取得していれば相殺できるか。
・債務者は債務者対抗要件具備後に反対債権を取得したが、反対債権の原因が債務者対抗要件具備前にある場合はどうか。
・債務者が債務者対抗要件具備後に反対債権を取得し、反対債権の原因も債務者対抗要件具備後ではあるが、譲渡された債権と同一の発生原因である契約に基づいて生じた場合はどうか。
相殺に関しては、以前より、債権差押や破産の場面を主戦場に、債権発生時期や弁済期の到来の有無等を巡って相殺の可否が争われ、判例法理が蓄積されてきました。債権譲渡の場面においては、最判昭和50年12月18日がいわゆる無制限説を採用したと言われますが、他方で、これは特殊な事例における判断であり一般化できないという考えもありました。
そこで、改正後469条1項は、債務者対抗要件具備前に譲渡人に対する債権が取得されていれば、譲受債権者に相殺を対抗できるとしました。これは、債権譲渡の場面においても無制限説(2債権の弁済期の先後は問わず、また、対抗要件具備前に相殺適状でなくても構わない)に立つことを明確にしたものです。
加えて、債務者対抗要件具備後に取得(ただし、他人から取得した債権は含みません)した自働債権であっても、2つの場合において、譲受人に対して相殺を対抗することが認められることになりました。
対抗要件具備時より前の原因に基づいて生じた債権
1つめは、たとえ債権は発生していなくても、対抗要件具備時より前に「原因」が存在する債権です。この典型とされるのが、対抗要件具備前に保証委託契約が存在したが、保証人の弁済は対抗要件具備後であり、したがって事後求償権も対抗要件具備後に発生する場合です。もっとも、いかなる原因があれば足りるかは解釈に委ねられています。この規定は、将来債権譲渡の活用促進を意識したものです(中間試案補足説明255ページ)が、将来債権発生の原因とされる合意がどの程度の確度で実際に債権を発生させるかはケースバイケースです。将来債権発生の確度が高ければ相殺期待も高いと言えそうですが、どこで線引きをするかは今後の議論に委ねられています。実務家の立場としては、相殺期待が認められるような基本契約書等の作り込みが今後の課題となるのではないでしょうか。
譲受人の取得した債権の発生原因である契約に基づいて生じた債権
2つめは、自働債権が、譲渡された受働債権の発生原因である契約に基づいて生じた場合です。1つめと異なり、ここでは、「発生原因である契約」が同一であることが要求されている一方で、この契約は対抗要件具備後に成立したものでも構わないこととされています。
第2号は「前号に掲げるもの」以外をカバーするものですが、受働債権が対抗要件具備前に発生し、それと同一契約に基づいて自働債権が対抗要件具備後に発生した場合には、第1号で処理可能です。なぜなら同一契約という「原因」が対抗要件具備前に存在するからです。
したがって、第2号が念頭に置くのは、将来債権譲渡が行われた場面です。将来債権譲渡が行われ、それについて債務者対抗要件が具備されたが、個別債権はその後の契約に基づいて発生した場合には、第1号の解釈にもよりますが、対抗要件具備より前に「原因」が存在しないとされる可能性があります。将来債権譲渡の譲受人は現に発生した債権を当然に取得しますが(改正法466条の6)、契約の当事者は譲渡人です。したがって、第2号のような規定がない場合、対抗要件具備後の個別契約に基づく損害賠償請求権等は、譲渡人に対して行使するほかありません。
これは合理的な相殺期待を害し、また将来債権譲渡活用の足かせになると考えられたことから、第2号が設けられました。